4000年の歴史は支那の誇り [異国雑感]

黄河中下流域には、古代から幾多の王朝が興っては滅びていった。
  この王朝文化が栄えた大陸を指して、「支那(シナ)」と呼んだ。

個々の王朝の個別の名前とは別に、
その幾多の王朝の栄枯盛衰の下で生きてきた人たちの、通史としての名称である。

初めての本格的な王朝、始皇帝の「秦(シン)」に由来するとも、
西方やインドの人たちが口にしていた音を漢字表記したものに由来するとも、
諸説あるが、少なくても日本では、第二次世界大戦直後まで、
東洋文化の意味で「支那文化」という概念が存在していた。

しかし、戦後、
「シナ」とは呼ばれたくない、という依頼により、この呼称は使われなくなった。

その結果、何とも不思議な矛盾が生じた。

  ① 古代からの歴代王朝を通しての通史名称が存在しない。
  ② 国際会議などの表記は 「China」 つまり、シナである。

つまり、現在の王朝、中国共産党は、
  庶民の通史、4000年の歴史を消し去ってしまいながら、
  世界に対しては、シナ(China)の歴史の重みを暗黙に誇示している。

庶民から通史、4000年の誇りを取り上げ、奪い取っておきながら、
国際会議の場では、歴史の由緒を誇る英語名を用いている、のである。


権力が、長々と生きてきた庶民の生活の軌跡、その歴史を抹殺していることになる。

私たち日本人としては、
  独裁・中国共産党と、その独裁下にある一般国民を区別して認識したい。

そのために、先ず、
    支那(シナ)という言葉を、蔑称として使うことを自重しよう

支那(シナ)を蔑称として使ってしまうことは、独裁政権の思惑に陥ること、だから。
  民衆が、支那(シナ)という言葉に嫌悪感を抱くようになれば、
  本来なら、民衆の宝であるはずの、その歴史の誇りを、
  民衆自らが手放すようになる・・・・それが独裁政権の狙いである。

      自尊心を芽生えさせてはならない、のである。


そして、次に、
現在でも、選挙権を有しない、一種の奴隷状態にある人々のことを考えよう。
    自覚を促すために、中共奴隷、とでも呼んでみようか。
    腹を立てて、それでも、ハッと、自分たちの現状に気づいて欲しいから。

  独裁者・共産党(中共)と、独裁下で参政権のない人達(中共奴隷)を、区別しよう。

  4000年の歴史に敬意を払う場合には、
      少なくても、相手が独裁者側ではないことを確かめてからにしよう。


文化大革命で何が強行されたかを思い出してみよう。
  代々、文化を担ってきた文化人を抹殺し、文化を蹂躙した共産党。
  広範囲の強制移住を強行して、土地に伝わる文化を破壊し尽くした共産党。

歴史を知識人や民衆から取り上げて、共産党の独占へと奪い取ったのだ。
今では、歴史の書き換え、資料の価値づけ、すべて共産党の独裁下、である。

    そういう事実を、しっかりと認識しておかねばならない。

日本の歴史と、無関係ではない大陸の歴史、への当然の心構えである。


歴史の主人は、共産党ではなく、庶民である。
支那(シナ)、China(シナ) の歴史を誇るのは、共産党ではなく、庶民である。
    ・・・・ シナの歴史に民主主義が加わる日を、日本の地で待つ。

タグ:支那
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